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タロよ
大晦日の寒い朝に、タロ(犬)は死んでいた。
老いぼれてはいたが、全然死ぬ感じじゃなかったのに。

死ぬ数時間前の深夜に変な鳴き声を聞き、
両親ふたりで、犬小屋に毛布を敷いてあげたそうだ。
それが最後だった。

オレは、30朝〜31朝にかけて原因不明の嘔吐と下痢で寝込んでいて、
その日(12/31)は、タロが死んだという家族の話を
頭の奥の奥でぼんやりと聞きながら目を覚ました。
そのときには、オレの体の具合はだいぶ良くなっていた。

タロの苦しみを、オレも少し引き受けたのかな、
なんて思って、不思議と悲しさはなかった。

オレは感傷的なのも懐古的なもの嫌いだ。
とにかく瞬間瞬間を精一杯生きること、
それだけしかないんだと思う。
そうやって生きることが、すべに対するオレのこたえだ。
なかなかそうはいかなくとも、ね。
そうだろ、タロよ。

posted by: さいと | 私の世界観 | 23:00 | comments(0) | - |
ハロー、ワールド!
むなしい条件はオレの身体を押さえつけ、
バイク乗っている時間は確実に減った。
だけど、だからこそそれに耐えて、
挑むべきなんだと細胞が囁くのさ。

バイクに乗れば、
なにもかも忘れて、ひたすら夢中になってる。
ふと、集中が途切れたときに、
オレは生きてるなァ、、、
ってたまらない気持ちになるんだ。

posted by: さいと | 私の世界観 | 23:00 | comments(0) | - |
好かれる必要はあるか
周囲の人から嫌われてしまったら、相当つらい。
だけどそれを避けようと、相手を気にして自分を押し殺し、
そんな努力をして、周囲に好かれようとする必要はあるか。
別にオレは、テレビタレントでもなければ、
人気や流行で商売をしてるわけでもない。
まして、ネット上で、
どこの誰かもわからん人間を相手に
気に入られようなんて思ったりしない。
(思わないようにしている、汗。)

でもこれは、ネット上に限らず日常生活でも同じ。
みんなを笑わせようとお調子者を装ったり、
まわりの期待するようにふるまうこともないんだ。
それはつまり他人を意識し、他人に合わせてるってことだから。
ありのままの自分を、そのまま出していくのがいい。
いつまでも他人を気にして生きていては、
自分の存在が不明になってしまう。

なぜ、友達に愉快な奴だと思われる必要があるんだろう。こういうタチの人は自動的にみんなに気をつかって、サービスしてしまうんだろうけれど。それは他人のためというより、つまりは自分の立場をよくしたい、自分を楽なポジションに置いておきたいからだということをもっとつきつめて考えてみた方がいい。もっと厳しく自分をつき放したらどうだろう。友達に好かれようなどと思わず、友達から孤立してもいいと腹をきめて、自分をつらぬいていけば、ほんとうの意味でみんなに喜ばれる人間になれる。
(岡本太郎)

ほんとうの意味で喜ばれる人間・・・か。
テレビやネットなど、時代的に、
上っ面だけ、、、とか
表面上だけ、、、とか
そういう部分を多く見てしまう状況がある思う。
心でなにも感じずに、視覚的なものばかり拾っていては、
やはり精神的に希薄な人間が育ってしまうのかもしれない。

ほんとうの意味で喜ばれる人間になるってことは、
他人の芯(心)に、なにかを感じさせるってことだ。
そういう人間に、ならなきゃな。
posted by: さいと | 私の世界観 | 23:00 | comments(0) | - |
あそび
パルクールには驚かされた。
誰かがかっこいいことをすれば、
それはすぐに他の誰かに真似される。
だけど、技術うんぬんよりも
【創りだす】人間の発想力にオレは惹かれる。

可能性とか、挑戦とか、
堅っ苦しく言ったりもしてきたけど、
単なる【あそび】なんだ。
真剣な遊び。無条件で無目的な。
このような人間の発想、創作、想像する力、、、
これを取り上げられたら、人生はつまらないことになる。

だけど、社会的にはどうだろう。
突拍子もない発想や、新しいことは嫌われる。
革命的なことが起こっては困るわけだ。
まず、仕事を一生懸命にやってもらわないと
世界は成り立たないし、そういう保守的で模範的な人間が
優遇されるようになっている。
社会でうまく生きようと思うほど、人間の可能性は押さえ込まれる。
社会の中で生きる上でこれは当然のことで、文句なんてないけど、
大人しくシステムに従って、やにさがってる人間には文句がある。

しかし、すべての人間がシステムの中に収まるわけがない。
それは社会もわかってる。
ボクらにとって身近なことで言えば、
パークなんかが作られるのはいい例だ。
はみ出すなら、この範囲内ではみ出しなさい、
と遊び場所を与えられる。
これはシステムの中に取り込もうとする動きだけど、
人間の発想が、決められた枠の中で収まるはずがないんだ。
つねに超えてゆくから、新しい。
posted by: さいと | 私の世界観 | 17:00 | comments(0) | - |
馴れ合いの果て
仕事で群れてるのは仕方ないとして、
極力、群れて安心してる状態は避けるべきだと思ってる。
そういう馴れ合いの雰囲気に、憤りを感じずにはいられない。

インターネットの力はすごい。
最近、ネット依存症になってて増々思った。
世界の最新のライディング映像がバンバン見れる。
まさしく流行が手に取るようにわかり、
メジャーとかマイナーとかがなくなりつつある。
これは革命的にすごいことだろう。

便利と言えば、便利だが、
実際、正しく使えている人はきっと少ない。
こんなにすごいものが見れて、そして感動すらできるのに、
そんなことは【自分にはまだ早い】とさて置いて、
自分と同じような環境、レベルの仲間を探し、
適当に刺激し合い、ジャレ合って安心していたい・・・
気を抜くと、すぐにそうなりがちだ。
オレも例外ではない。

仲間の誰かがちょっと枠から飛び出すようなことがあれば、
それを見て、自分もようやくやる気になってみたり、
それでいて怪我しないように・・・とか、
褒められても自分はまだまだ・・・とか、
グループの中で抜け駆けがないように、
互いが互いに足を引っぱり合っている。
自分がひとり、【やろう!】と決意したときの
あの気持ちは何処へいってしまったのだろう。

自分もいつか・・・なんて思いつつも、
すでに諦めていることに気がついていない。
その【いつか】ってのはいつなんだ?そこが問題だ。
【いまは練習だから】と思っていれば、気は楽だ。
【いつかはいまではない】と思っていれば、
挑まずにすむし、安全で安心なんだ。

こんな状況は【切磋琢磨】なんてものじゃないし、
【謙虚】なんて言うのも思い上がり。
なんて幼稚で、子どもっぽい人間が多いことか。
いや、子どもっぽいっていうか、、、逆か、、、
大人っぽいと言った方が正解かも知れない。
歳なんて本当は関係ないけど、
大人になってくるとありがちな惰性感、倦怠感、
そういのが人間をダメにする。
これは【怠惰】なんだ・・・知った方が良い。
posted by: さいと | 私の世界観 | 01:00 | comments(0) | - |
突破しよう
人間は自分をきつい条件のなかに追い込んだときに、初めて意志の強弱が出てくる。この点を実に多くの人がカン違いしている。たとえば、画家にしても才能があるから絵を描いているんだろうとか、情熱があるから行動できるんだとか人はいうが、そうじゃない。逆だ。何かをやろうと決意するから意志もエネルギーもふき出してくる。何も行動しないでいては意志なんてものありゃしない。自信はない、でもとにかくやってみようと決意する。その一瞬一瞬に賭けて、ひたすらやってみる。それだけでいいんだ。また、それしかないんだ。
 ( 中 略 )
あっちを見たりこっちを見たりして、まわりに気をつかいながら、カッコよくイージーに生きようとすると、人生を貫く芯がなくなる。そうじゃなく、これをやったらだめになるんじゃないかということ、まったく自信がなくってもいい、なければなおのこと、死にもの狂いでとにかくぶつかっていけば、情熱や意志がわき起こってくる。世の中の一般の人は、あの人は意志が強いから、これだけのことをやったんだと評価するかもしれないが、いまいったように、それは順番を取り違えているんだ。繰り返していう。うまくいくとか、いかないとか、そんなことはどうでもいいんだ。結果とは関係ない。めげるような人は、自分の運命を真剣に賭けなかったからだ。
(岡本太郎)

今日の生活は、便利になった。
ありとあらゆることが保障され、
楽に、無難に、安全に、生きられるようになっている。
自分の内に沸き起こる問題をスルーし、我慢して生きれば、
ほとんどの人が、安易に長生きすることができるだろう。

自由で、安全で、いい時代だ。
だが、そういう時代の状況に甘えて、何かを失っている。
心の中では、虚しさが渦をまいている。
生活のことを考えれば、現代は格段に良い時代、環境。
しかしその分、より強く、人生に挑む必要があると思う。
きっとそれが、現代の生き方だ。
posted by: さいと | 私の世界観 | 21:30 | comments(0) | - |
決意の問題
私はよく親から
毎日同じことができないとダメだ!と言われたものです。
こんな台詞は、一般社会の推奨ごとなんだと思います。
多くの人間に、繰り返しに耐えられる模範生となってもらわねば
社会、会社、仕事が成り立たないからでしょう。

同じ事を繰り返すこと、努力、経験の積み重ね・・・
そういったことが素晴らしいことだと、大抵の人が当然のように思っています。
いわゆる【職人】のように、腕に磨きをかけることに何かあると思っています。
ライディングもそう、仕事だってそう、資格社会なんてのは典型です。
繰り返しによる【慣れ】や【技能】がいかに重要視されてるかわかります。

私自身、バイクに乗り始めてもうすぐ5年になるし、
そういう【うまいへた】でもって世界を見てしまうときがあるけれども、
そうであってはならいと度々思い直します。
なぜなら、そればかりが重要視されている社会には辟易するし、
むしろ人生においては、【繰り返し】なんてことは
やるべきではないと思うからです。
つねに生まれ変わって、新しい気持ちになるべきだと思います。

芸術は、決意の問題だ
(岡本太郎)

努力とか経験の積み重ねで芸術は生まれない、と岡本太郎は言いました。
そして、芸術は人生である、とも言っています。
たくましい精神力、決意、そういうことが人生においては問題なんであって、
うまいとかへたとかは問題ではないのです。
技能に長けてる人だけが素晴らしいのだったら、
先にやりはじめた人にはいつまで経っても追いつけないことになります。
何年も修行したり、苦労しなきゃ、本物の人生を送れないことになります。
芸術はそうじゃないし、人生だってそうじゃないのはわかるでしょう。
誰もが、いますぐここで、命を開くことができなかったらおかしいのです。

決意を持って人生に挑むことが素晴らしいのです。
本当に目を向けなきゃならない部分は、人間の内側にあります。
それを簡単に無視してしまうような世の中は、空しいだけです。
posted by: さいと | 私の世界観 | 23:00 | comments(2) | - |
一にかえる
なにかにつけて
むつかしそうなこと言ったりして
バイクに乗る理由を
恥ずかしげもなく作ってみようとするオレだけど
ふと考えてみれば、なんてことない・・・
自分が精一杯になれることに
挑戦して、挑戦して、挑戦して・・・
それだけのこと。
それだけのことが、どれだけ貴重なことか・・・

それでもし
誰かに認められたり
誰かがなにかをやる気になってくれたら
それはうれしいことで
もしかして、これがオレの乗る理由?
と思いたくなるときもあるけど
そんなことは全く関係なくて
自分が、バイクに、乗りたい!
ただそれだけ。

ときおり、ひょんなことから
はじめに戻ることがあるけど
そこにはいつも
種みたいな、小さい、純粋な想いがあって
それだけがやる理由だと、また思う。
やめる理由なんて
そこらにいくらでも転がってるけど
オレは拾わない。
posted by: さいと | 私の世界観 | 15:00 | comments(2) | - |
美しき狼たち
幸せな人間なんていない・・・

こんなことを言うと、
「勝手に決めるな、俺は幸せだ!」なんて
熱(いき)り立つ人もいるみたいだが、
世の中、悲しいことやつらいことはいっぱいあるよ。
自分と直接的に関わりがないかもしれないけど。

そういうことを置き去りにして、
「自分は幸せだ」なんて言いふらしているのは、
オレにはやっぱり虚(むな)しく見える。

この世の中に生きていて、
なにか腑に落ちない違和感をおぼえるのは、
世の中が薦める生き方と、人間の幸せの関係が、
うまくなんていかないんじゃないのかな?っていう
自信に近い予感からくるのかもしれない。

政治やら不況やら、どうのこうのと評論家や専門家がテレビで解説してる。
街頭インタビューでは、一般人までが、どっかで聞いたようなこと言ってる。
こういった議論の最後は、おおよそ決まっていて、
問題を細分化・複雑化し、「そんな簡単なことではない」と
逸(そ)らす、誤魔化す、そのパターンだ。

矛盾だらけの世界の仕組みに、私たちは左右されている。
蓋を開けて、正体を知ってしまえば、
驚いて笑ってしまうんじゃないかと思えるような、
そんな、なんてことないつまらないことに支配されてる。
本当に、なんでもないことを信じ、求め、
そして、それに守られているのも確かだ・・・
それが通用しているうちは。
だけど、それによって生き長らえることと
命をひらくことは別だと思う。

人生を確かなものにするには、生き方の問題だとオレは言いたい。
いかにそういったしがらみを撥ね除けて生きられるかだ。
そして、他人も自分も同じだと思って、人間的に結ばれること。
そうすれば、この世界もなんとかなるんじゃないか。
そう思わなきゃ、やっていけそうにないだろう?
posted by: さいと | 私の世界観 | 23:00 | comments(0) | - |
痛ましき腕
今日はどこかのおじさんに、頭ごなしに怒鳴られた。
その眼は、オレを鋭くにらみつけている。
子供たちのいる公園内で、
ビデオカメラ持ってウロウロしているのが
気に入らなかったらしい。

こういうのは、出会い頭のアクシデントみたいなもんで、
オレみたいに周囲と違ったことしていれば、ときどき起こる。
いくら周囲に注意をはらっているつもりでも。

だけど、こっちはヘルメット被って、
バイクだってそばに置いて、カメラを三脚に乗せていたんだ。
盗み撮りなんてしてない。
人がいなくなるのを、じっと待っていただけだ。

バイクは、オレの意志でやっていることだから、
やましいことも、はずかしいこともない。
逃げもしないし、隠れもしない。
本当のことを、相手に言った・・・
だけど、オレを見る怪しんだ眼つきは変わらない。
オレの方が間違っている、と言わんばかり。
確かにそうだ・・・社会的に見れば、オレが間違っているだろう。
だけど・・・!!!

こんなアクシデントには、もう大して驚きはしないが、
後からじわじわと広がってくる悔しさに、窒息してしまいそうになる。
純粋な行動にたいして、社会は拒絶的なんだ。
オレは、怒って震えている。
どうにもできないこの感情は、自分の中で何かに変わる。

そうさ、オレは屈しないぞ。
posted by: さいと | 私の世界観 | 18:00 | comments(0) | - |